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大学生になったら・・・

『大学生になったら4年間(1460日)、思いっきりモーグルをやろうと思ってました。』
そう語るのは、A級公認大会に参戦する林宏樹選手です。現在(‘09年2月)、大学で経営学を専攻し、勉強に励む一方、アルバイト、そしてモーグルに全力で取り組む大学4年生です。4月から社会人として新たなスタートを迎えるにあたって、現在の心境、これまでのモーグルとのかかわり、これからのモーグルとの付き合い方を教えてもらいました。

『モーグルに興味をもったのは小学6年生のときでした。家族でスキーに行ったとき、コブ斜面を上手く滑れなかったことが悔しくて悔しくて。だから大学生になったらとにかくモーグルを一生懸命しようと決めてました。』
自宅から一番近いスキー場には車で2時間以上かかるため、スキーに打ち込むには決して良い環境だったとは言えなかったようです。
『本格的にモーグルの練習が出来るようになったのは大学生になってからですが、高校生の時は、毎月のお小遣いとお年玉を貯めて、その中から、冬場スキーに行く費用や道具代をねん出していました。』

『本戦でコースを通せたことがうれしかったです。』

高校1年生のときから参戦したJOC(ジュニアオリンピックカップ)では38位、高校2年生の時は37位、そして高校3年生の時は、24位と着実に順位を上げていきます。
『高校1年の時、初めて参加したJOCは新潟県のアライマウンテンスキー場で行われました。公式練習では一度もコースを通して滑ることが出来なかったんです。そ
れが本戦では、コースを滑りきることが出来て本当にうれしかったです。』

毎晩帰宅は11時半過ぎ

高校生の時は、スキー場までの移動手段や、費用の面から、思い通りの練習ができなかったそうですが、いよいよ念願の大学生になって、それまでたまりにたまったモーグルへの想いを爆発させていったという林選手。
『大学生になってまずしたことは、車の免許を取ったことです。車を運転できないとスキーに行けないですから。それから家族にお金をだしてもらい車も買いました。もちろん、アルバイトしてこのお金はちゃんと返しました。(笑)』

『大学生活ですか?とにかく忙しかったです。』
林選手の毎日のスケジュールをまとめると、こんな感じです。毎朝6時半に起きて、まずアルバイトのため大阪市内にある建設コンサルタント関連の会社に“通勤”して、午後は大学に“通学”して講義を受けて、また会社に戻って仕事をして、帰宅するのは毎晩11時半過ぎ。週末は帰宅後すぐに車に荷物を放り込んで、夜中運転して、スキー場に3時頃ついて、そこから仮眠をとって・・・。 ちょっと頑張りすぎじゃないですか?という質問には。
『勉強の手を抜きたくなかったし。それに、モーグルを続けるためにはお金も必要ですしね。過労で通学途中、電車内で倒れたこともありました。(笑)』

『目標を決めて、そのために必要なことを掘り下げていきました。』

本格的にモーグルの練習をスタートさせた大学1年生の夏から、大屋スキー場(兵庫県)の

プラスノーゲレンデやウォータージャンプに通い始めます。そしてこの冬のシーズンは、極楽坂スキー場(富山県)で行われたB級公認大会で9位に入ります。
『4年間という限られた時間の中で、目標をまず決め、そのためにしなければならない技術的なことを独学で掘り下げていきました。』
と、林選手。翌年は4度決勝に残り、そのうちの1回は3位入賞の好結果を残します。そして、3年生の冬から目標どおり、いよいよA級公認大会に参戦します。ただ、このころからモーグルに対する見方が変わってきたとか。

“ハイリスク・ノーリターン”という現実

『大学2年生までは、とにかくスキーの技術的なこと、モーグルに関することばかり考えていました。』
ところが、そんなモーグル中心の生活から、自身の将来を深く考え始めたのが大学2年生の冬。
『それまで一生懸命モーグルに取り組んできたんですが、そのことに疑問をもち始めたんです。モーグルって“ハイリスク・ノーリターン”なんですよね。エアもどんどん難度の高いエアが要求されるようになって、そのなかで深刻なケガをしてしまう選手もいるんです。でも、サッカーや、野球のようなプロの環境は整っていないという現実があります。』

それまでは、ただひたすらモーグルの上達と、その結果としてのナショナルチーム入りを目指していたそうですが、より広い視野でモーグルを見ることができるようになったとか。
『僕は、モーグルのスタート台に立ったとき、いつもまず最初にゴールエリアを見て、それから、コース全体を良く見るんです。今は、モーグルに取り組んでいく姿勢もこれと同じように、視野を広く持つよう心がけています。
それまでは、モーグルが人生の全てでしたが、今は、自分の人生の中の一部にモーグルがあって。もちろん、僕の中におけるモーグルの楽しさとか、大切さは今までと全く変わりませんが。4年間、自分が努力してきた事、経験してきた事をこれからの人生の糧としていきたいです。』

まだ、大学生活も残っていますが、社会人として春からの目標は?
『まず、大学4年間の集大成として、今年の目標(全日本ランキング60位以内)に向けて頑張っていきます。そして社会人になってからも、もちろんモーグルは続けていきますが、これまで以上にケガに気をつけなきゃと思っています。』
具体的には3Dエアを封印し、その分ターン技術に磨きをかけ、アップライト系のエアでも上位を狙える選手になりたいとか。

今、モーグルについて想うこと

『僕が大学に入学してからの4年間、モーグル競技、勉学、アルバイトをなんとか続けてこられたのは、応援してくれる周りの人たちの存在があったからです。競技を続けていく中では、調子の良い時もあれば、反対になかなか成績が残せない時もありました。そんな時、相談にのってくれたり、“笑い”で和ましてくれる仲間がいたからこそ、つらい時も乗り越えて頑張ってこれたんです。支えてくれる仲間がいなかったら今の自分はいなかったと思います。』

現在、練習と試合の合間に、ホームゲレンデのハチ北(兵庫県)でジュニアの指導をしている林選手。ジュニアの子供たちに伝えたいことは?
『ジュニアの子供たちの中には、社会人になるとモーグルは続けていけないと思っている子がたくさんいます。僕はこれからその社会人になるわけですけど、がんばって競技を続けていきたいし、また、続けていけるということを子供たちにも伝えることができればと考えています。』

ハチ北での取材の最中、しばしば地元モーグラーや子供達が林選手を囲み、彼を中心とした人の輪ができたのが印象的でした。
「競技を続けていく中で、同時にモーグルの楽しさを多くの人に伝えていきたい」と言う林選手。その想いは、彼の周りにできる人の輪から人の輪へと、確実に伝わっていくということを強く感じました。